第35回 学校給食再考③
ジャーナリスト 内田正幸
説得ではなく納得
お茶の水大学の赤松利恵氏らは2009年5~6月にかけて、都内の小学校に通う5~6年生112名を対象に自己記入式質問紙調査を行い、「学校給食の食べ残しに関連する要因」を検討した。その結果、給食の食べ残しに関連する要因には喫食時間、嗜好、BMI※1があることが示唆されたとして、調査の限界性は認めつつも「今後は,児童の食べ残しを減らすための栄養教育を行うとともに、学校全体として食べ残しの問題に取り組む対策を考えていく必要がある」と提案している。
ただ、神奈川県大磯町の例を持ち出すまでもなく、味のまずさや異物混入などの不信感から依然として、給食の食べ残しは学校が取り組まなければならない大きな課題となっている。特に好き嫌いという嗜好は家庭の役割が大きく、学校給食だけで解決するには限界がともない、学校にその責を負わせるのは酷というものだろう。
もっとも、「食べ残し」対策に力を入れ、それが減少した小学校もある。都内のある小学校が実践している工夫の一つが「食材を知る」こと。栄養教諭がその日の献立の食材を持って説明し、「知ること」で興味がわき、食べられるようになるのだという。また、家庭で食卓に上る機会がほとんどない食材を徐々に慣れさせていくことで、苦手意識を克服させる試みも幾多の学校で取り組まれている。主にそれを担うのは栄養教諭だが、「食を通して子どもたちに向き合う教員たちの姿勢も、食べ残しに関係していることが分かる」という学校関係者の証言もある。
『竹井塾』でも「食べ残し」について議論が沸騰することしばしばだった。世界に目を向けると、年間約13億トン(世界の食料生産量の3分の1)の食料が廃棄される一方で、開発途上国を中心に世界人口の約8人に1人が栄養不足の状態にあるからだ。竹井塾長と栄養教諭の藤原さんは第10回で次のようなやり取りをしている。
国連唯一の食糧支援機関の国連WFP(世界食糧計画)によると、世界が飢えないだけの穀物生産量はあるというのです。ではなぜ、飢餓に苦しむ人たちがいるかと言えば、先進国がその穀物を家畜の飼料として消費しているからです。これはどう考えても不公平ですよね。だから、子どもたちにそういう現実があることを伝えながら、給食を残して捨てることを考えてもらうようにすることもあります。
子どもたちの反応は。
その際にはハンガーマップ※2も利用します。食事をまともに食べられない国は赤色、日本やアメリカなど先進国は緑色、戦禍などで食べているかどうかもわからない国は灰色、などと色分けした世界地図です。それを見ると子どもたちは「エッ、食べられない国がそんなにあるの」という反応を示します。
そうすると、給食の残りは減りますか。
その後はしばらく、給食は残さずに食べるようになります。ただ、そうした学びの機会は継続しなければなりません。食は自分の嗜好が優先するし、我慢より楽な方へと流れるのが宿命とも言えますからね。ただ、そういう食を取り巻く現実を知る機会があれば、将来、買い物での食品の選択の仕方も変わってくるし、「こういう食べ方はいかがなものか」と自問するきっかけにもなります。だから私たちは、すぐに結果は表れないけれども食育を続けるのです。
先進国による食品廃棄は国境を越えて大きな社会問題になっている。「残してはいけない」と強制して結果を求める(=説得する)のではなく、「食」とそれを取り巻く多面的な現実を伝える(=納得する)ことが「食べ残し」の解決への糸口になるともいえる。また、学校給食をそのための手段として位置づければ、すぐ結果に結びつかなくても子どもたちは将来、「選択する消費者」へと成長していくに違いないと思えるのである。
※1 BMI
Body Mass Indexの略。大人の体格(身長・体重のバランス、「肥満」や「やせ」など)を示す目安になる。
※2 ハンガーマップ
世界の飢餓状況を、栄養不足人口の割合により国ごとに5段階で色分けして表現したものが「ハンガーマップ」。飢餓人口の割合が最も高い濃い赤色に分類された国では、全人口の35%以上もの人びとが栄養不足状態に陥っている。発表しているのは国連WFP。
現在、新たに世界的な視点で考える「食」の問題について連載の準備を進めております。連載再開まで今しばらくお待ちください。再開は5月を予定しております。