第12回 食は子どもたちの未来をつくる(パート1)

参加者

  • 竹井 秀文(名古屋市立公立小学校 教諭/竹井塾塾長)
  • 藤原 涼子(仮名・公立小学校 栄養教諭)
  • 西秋 勇一(仮名・特別支援学校教諭)
  • 菅谷 朝香(仮名・特別支援学校教諭)
  • 内田 正幸(食品ジャーナリスト)

米づくりで知る食べ物の本来

内田-

竹井先生は前回、学校での稲作りは「子どもたちにとって驚きの連続だった」と話されました。また、稲づくりを通して、いつも食べている白いお米が「当たり前ではないのだ」と知った時、子どもたちの給食への思いは他のクラスをはるかに凌いでいた―とも。子どもたちはどんなことに驚いたのでしょうか。

竹井-

稲作りといっても田んぼでつくるのではなく、バケツを利用したものです。種をJAに提供してもらい、種籾を発芽させることから始めました。種籾から発芽させるには腐らないように1週間ほど毎日、水を変えないといけないし、芽が出ても鳥たちが食べてしまうので、それを防ぐためキラキラテープなどを付けたネットを張って鳥避けをする。そして苗が成長して田んぼに植えられている稲になるわけです。子どもたちはまず、小さな種籾から芽が出てくることに驚くわけです。無理もありません、田んぼに植えられている青い苗しか知らないわけですからね。
成長過程と稲刈り後も驚きの連続でしたが、お米が白くならないことにとても驚いていました。稲刈りしても稲穂から籾を取らなければならないし、その次は脱穀です。どれも大変な作業で重労働ですが、その結果、残ったのは玄米ですからね。

内田-

重労働というとすべてを手作業でこなしたのですか。

竹井-

初めの頃はそうでした。稲は鋏で切り、乾燥させた稲穂を割り箸で挟んで籾を取り、それをすり鉢に入れて軟式ボールでゴリゴリ擦る。そして息を吹きかけて籾殻を飛ばす。すると玄米が残る。そんな手順です。ところが、玄米を見て「なぜ、白くないのか」、「これは食べられるのか」と疑問がわくわけです。普段食べているお米は精白米ですから玄米なんて知らないし見たこともないので当然です。「硬いし美味しいとは必ずしも言えないけど食べられるよ」と教えても違和感があるようでした。そんなことを教える一方で、子どもたちは「あんなに苦労したのに」ということを肌身で感じ取りながら、「白いお米は当たり前じゃない」ということに気付きます。そういう実体験があるから、給食、特にご飯給食への思いは他のクラスを凌ぐのです。

内田-

「いただいている生命」を作ることについて身をもって体験する。屠畜の現場は難しくても、全校で取り組めそうですね。

竹井-

そうはならないのが現実です。私は学級経営にもつながる活動だと考え、子どもたちが望めば稲作りを実践してきましたが、米づくりを勉強の一環としてこなすのか、生き方の問題として関わるのかで随分と違ってくるように思います。これは道徳の授業でも同じです。道徳教育は来年から新しい教科になりますが、子どもたちをこう変えたいという意志がなければ、本来の道徳の授業はできないと思います。稲作りも、勉強として教えようとすると「米農家は大変だよね」で終わってしまいますからね。
稲作りの発端は、学級目標として「おにぎり学級」(注・第5回参照)を掲げた結果です。そこで子どもたちが自発的に「お米をつくりたい」となり、それが「お米はこんな風にできている」という驚きと発見につながっていく。さらに「生命をいただく」ことの深い理解や、お米や食事を作る人への「ありがたみ」へと結びついていくわけです。それが「いただきます」であり、「ご馳走様」の意味するところです。その究極がなく、方法論だけで教えれば「大変だよね」で終始するしかありません。

内田-

私は実際の米づくりを2年ほど体験しましたが、聞くとやるのとでは大違いでした。人が抗えない自然を相手にし、収穫後の作業も含めてその現場は肉体的にも精神的にもかなり厳しいものがありました。「米農家は大変だよね」ではなく、「自分でつくってみろ、人生観変わるから」と言いたいぐらいです。

竹井-

お米だけではありません。多くは切り身で接するしかありませんが、魚も漁師さんがいて、そして加工する仕事があって食卓に上がるわけです。野菜も肉も同じ。その背景には仕事に携わる人々がいるということ、つまり、食べ物の裏側にある存在を察することができる子どもにしないと、「いただくこと」と併せて、「ありがたい」「ご馳走様」と思える心の醸成にもつながる食の本当を教えることはできないと、そう確信しています。

内田-

そこまで踏み込まないと、食育も“絵に描いた餅”でしょうね。食べ物の裏側というより、それこそが表側だと思うのですが、そこでいま何が進行しているのか。グルメブームとはウラハラで、日本の農業も漁業も高齢化と人手不足でその将来は危機的状況です。私たちの食を取り巻く環境のすべてを対象にしなければならない食育ですが、食べ物の生産現場についての情報は圧倒的に少ないのが現状です。

竹井-

そこまで踏み込む以前の問題として、そもそも多くの先生は食育に興味がない。だから広がらない。なぜそうなるのでしょうか。

藤井-

勉強が一番、食をはじめ後は二の次だからです。ボロボロの身体になれば休めばいい。残ったアタマのいい人が働けば済む。簡単に言えば社会全体がそういう意識構造だからでしょう。

竹井-

寂しいですね、食は生きる基本なのに。子どもたちの将来が心配になります。