第59回 世界の食と日本【アメリカ①】

参加者

  • 柿沼 忍昭(曹洞宗渓月山・長光寺の住職。『食禅 心と体をととのえる「ご飯」の食べ方』の著者)
  • 竹井 秀文(名古屋市立公立小学校教諭/竹井塾塾長)
  • 内田 正幸(食品ジャーナリスト)

アメリカのトレンドから見直す「出汁」

内田-

遺伝子組み換え作物などの取材でアメリカには3回ほど行きましたが、アメリカの食事は肉がメインでした。私が訪れたのは中西部の農家でしたが、昼食に振る舞われた豚肉料理の量とデザートのケーキの甘さには閉口したことと、野菜が全くなかったことが印象的でした。一般的な家庭では、朝はシリアルやパンに紅茶やコーヒーで軽く、昼にはハンバーガーやピザなどを、そして夜には肉類をメインに食べるという流れがパターンなようです。そのアメリカではこれまで、何度か日本食ブームが訪れていますね。

柿沼-

私は仏教系の大学に学び、アメリカの禅センターなどを回ったあと、福井県にある曹洞宗の大本山・永平寺で修行させていただき、そこでは修行僧たちの食事を作る「典座(てんぞ)」の役割を担っていました。そうした経歴もあり、アメリカの食事情を見聞する機会がありました。10年ほど前にブームになったのが本物志向でした。その時、私が料理講習で行ったのが、味噌汁をおいしくする昆布出汁の取り方です。

竹井-

出汁ですか?

柿沼-

アメリカではすでに、日本食への関心はあったのでしょう。味噌はスーパーで売っていましたし、味噌汁を飲む人が出てきていましたからね。しかし、その実際は、出汁を取らずに、味噌をお湯で溶いだだけの“味噌溶き汁”でしかありませんでした。当時は、日本産以外の出汁昆布もありましたが、これがあまりおいしくなかったのです。そこで、利尻昆布などを使って出汁を取った味噌汁の作り方を教える講習会を開くことにしました。講習会には多くの人が参加しました。それだけ、本物への関心が高かったと言えるでしょうね。
というのもそれまで、アメリカでは日本食はおいしい料理とみなされていなかったのです。良質な出汁がなかった、つまりは出汁がまずかったからなのでしょうね。だから、「日本料理はまずい」というのが、現地での評判だったのかもしれません。

内田-

アメリカの人に出汁のおいしさは理解されましたか。

柿沼-

出汁を取った味噌汁のおいしさは彼らにも理解できるようです。それが徐々に広まり、いまや精進料理が脚光を浴び、和食はおいしいものだという流れにつながってきているのだと思います。精進料理をグーグルのシェフにも教えてことがありますからね。

竹井-

えっ、精進料理をグーグルのシェフにですか?

柿沼-

これも10年前のことでした。今はわかりませんが、当時はグーグル本社には50人ほどのシェフがいて、グーグルのマネージャーから「精進料理を教えてほしい」と頼まれたのがきっかけでした。当時の精進料理はまだ、ベジタリアン程度の理解のされ方でしたが、出汁のベースが出来上がるにつれ、いまや精進料理はアメリカだけではなく、ヨーロッパでも食の主流になってきています。

内田-

和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたのは2013年です。それ以前に精進料理がブームになっていたのはどのような理由があったのでしょうか。

柿沼-

禅のブームでしょう。それに伴って禅の僧侶が何を食べているのか、精進料理とはどういうものなのかという関心が高まってきたのでしょう。ただ、それが実際に味わえているのかは正直、わかりません。精進料理は、出汁のベースが出来上がっていないと「おいしい」と感応できませんからね。精進料理に限らず、たとえば京料理にしても「出汁が命」といえますし、出汁が悪ければおいしい料理にはなりません。

内田-

日本では即席の出汁が主流です。日本の家庭でも出汁の大切さを見直す必要があるかもしれませんね。