第60回 世界の食と日本【アメリカ②】

参加者

  • 柿沼 忍昭(曹洞宗渓月山・長光寺の住職。『食禅 心と体をととのえる「ご飯」の食べ方』の著者)
  • 竹井 秀文(名古屋市立公立小学校教諭/竹井塾塾長)
  • 内田 正幸(食品ジャーナリスト)

アメリカのトレンドから見直す「一汁一菜」

内田-

個人的な体験で、アメリカの食事の特徴は量が多い、甘い、そして肉という高カロリーの上に野菜が少ないという印象です。だからでしょうか、肥満が社会問題化しています。一方では、精進料理へ関心が向いてきていると柿沼さんは前回、話されていました。

柿沼-

10年ほど前に渡米してもう一つ興味深かったのは、日本でもブームの兆しがあるローフードがポピュラーになってきていたことです。

竹井-

ローフードとはどのような食べ物でしょうか?

柿沼-

酵素を含む食べ物を多く摂取すれば体に良い効果があると考えで、加工されていない生の食材を用いた食品や、食材をなるべく生で摂取する食生活のことです。食物が持つ、加熱によって失われがちな酵素やビタミン、ミネラルなどを効率よく摂取することを目的としています。酵素が破壊されないとされる48℃以下ならば加熱してもかまわないと考える人もいるようです。それ専用のオーブンがあり、日本でも手軽に買えるようになってきています。
ローフードはアメリカが発祥とされていますが、精進料理などに関心が向くのは結局、ヨガをはじめとする東洋的な修行への関心と無縁ではないかもしれません。修行だけではなく、食を見直すことで頭がクリアになるなどと受け止められていますからね。これが、2010年あたりから注目されるようになった、小麦粉からアレルゲンとなる小麦タンパクを抜いたグルテンフリーにつながっていくのでしょう。

内田-

アメリカではいま、寿司に象徴されるように和食ブームだと言われていますが、さかのぼれば日本食は1970年代に大きな注目を浴びました。

柿沼-

1977年に出された「マクガバン・レポート」ですね。当時、アメリカでは心臓病の死亡率が一位で、がんは二位でした。心臓病だけでもアメリカの経済はパンクしかねないと言われるほど医療費が増大していて、そんな財政的危機を何とか打開しようということで医療改革が進められました。
その一環として上院に「国民栄養問題アメリカ上院特別委員会」を設置され、「食事(栄養)と健康・慢性疾患の関係」についての世界的規模の調査・研究が行なわれました。その研究成果のレポートが「マクガバン・レポート」です。そこには、「(アメリカ人の)もろもろの慢性病は、肉食中心の食生活がもたらした『食原病』であり、薬では治らない」と述べられています。そして、それを治すには食事を改善する必要があるとして、高カロリー、高脂肪の肉や乳製品、卵といった動物性食品を減らし、できるだけ精製しない穀物や野菜、果物を多く摂ることが推奨されています。

内田-

そのレポートで、理想的な食事として挙げられたのが日本食でした。

柿沼-

元禄時代以前の食事です。当時の日本人の食事は一汁一菜、もしくは一菜がつかない味噌汁と香の物だけの食事が一般的でした。ただし、このころまでの主食はほとんどが玄米です。お米を玄米として食べれば、胚芽に含まれる豊富なビタミンやミネラルなども一緒に摂取することができます。精米すると、それらの栄養素は失われてしまいますが、玄米のまま食べていた当時の日本人は、一汁一菜でも必要な栄養素を摂取できていたのです。

内田-

一汁一菜は禅寺で始まった形式で、それが一般に広まったようですね。

柿沼-

いまでも永平寺などの修行僧の食事は、一汁一菜が基本です。おかずが一品しかない食事は粗食という意味で用いられることもあったようです。ただ、日本でも食生活の欧米化、食べ過ぎ、カロリー過多などを原因とする生活習慣病やアレルギー体質の人が増えている傾向から、一汁一菜を推奨している人もいます。

竹井-

玄米が苦手という人も多いようです。

柿沼-

一汁一菜で白米が主食でも、ビタミンB1を多く含む大豆、海藻類などを上手におかずや汁物に取り入れれば、栄養素的には元禄時代以前の日本人の食事に近づくわけです。生活習慣病の増加はアメリカだけの問題ではなく、その後を日本が追いかけています。日本人はいま一度、自分たちの食事を見直すべきでしょう。