第61回 世界の食と日本【アメリカ③】

参加者

  • 柿沼 忍昭(曹洞宗渓月山・長光寺の住職。『食禅 心と体をととのえる「ご飯」の食べ方』の著者)
  • 竹井 秀文(名古屋市立公立小学校教諭/竹井塾塾長)
  • 内田 正幸(食品ジャーナリスト)

アメリカのトレンドから見つめ直す「レシピ」

内田-

「マクガバン・レポート」や寿司ブーム、そして精進料理など、アメリカでは日本食への関心が高いようです。驚いたのは、最近では抹茶がトレンドになっていることです。抹茶スイーツだけではなく、ペットボトル入りの抹茶飲料もあるらしいですね。

柿沼-

ペットボトルを振ってつくりたてが味わえるということで、日本でも販売されています。商品開発を行ったのはアメリカの企業でしょう。

内田-

調べてみると、抹茶やお茶専門店のブランドを日本へ逆輸入したものでした。

柿沼-

抹茶のレシピ化ですね。しかし元々、抹茶を点てるためにレシピは存在しませんでした。それでも抹茶文化は脈々と伝わってきたわけですが、ペットボトル入りの抹茶飲料の登場は、それを買うお金がなければ、その文化を継承できなくなってきたことを意味します。ですから、レシピ化は、私たちの文化が侵略されていると言い換えることもできます。抹茶のレシピ化は企業努力の賜物とも言えますが、はたして、これで抹茶文化を伝えることができるのか、はなはだ疑問です。

内田-

実際に飲んでみましたが、随分と薄いと感じました。子どもの頃から知っている抹茶とは別物です。

竹井-

コーヒーのアメリカンと同じで、抹茶アメリカンという印象で、アメリカのレシピ化はこのレベルなのかという疑問が付きまといます。

柿沼-

日本人が点てる抹茶は、先ほども申し上げたようにレシピはなく、また数値化されたのもではありません。しかし、抹茶本来の味を数値化すれば、それは世界最高水準になるに違いありません。

内田-

レシピ化すればいいわけではありませんね。

柿沼-

アメリカの富裕層は、おいしいものであればあらゆる手段を使って手に入れます。金に糸目はつけません。出費を伴うレシピでもお構いなしです。しかし、食はそういうものではありません。レシピを集めることが財産ではなく、「レシピがなくても料理ができることが最高の財産」このことに気付いてほしいのです。それがなくても料理ができることが大切であり、それを育てることが食文化の継承につながるのです。

内田-

食の「知的財産」はお金をかけることではなく、すぐそこにあるというわけですね。

柿沼-

以心伝心、師匠から弟子へと同じように、母親から子どもへという伝わり方がいかに貴重かということです。しかしいま、日本でも料理レシピは買うものであり、それがなければ料理ができなくなってきています。

竹井-

レシピ依存ですね。

柿沼-

しかも、このレシピが低所得層を悩ませているのです。

竹井-

どういうことでしょうか。

柿沼-

私のように、生命をつなぐ基本的な料理の作り方を知っていれば、所得が低くても食費はそれほどかかりません。残った食材を次に調味料として用いる、たとえば“味噌汁の三段活用”という発想です。主食の米も、日本人の平均消費量は年間60㎏弱ですから、一人年間2万円程度で基礎的な食糧が確保できます。ところが、レシピ通りに食材を揃えるとなると多くの食費がかかってしまいます。

内田-

調味料をはじめとしてアレコレと必要になり、その結果、無駄が出ます。そういえば、私の母親はレシピを見て料理はしていませんでした。

柿沼-

我が家は「暮らしの手帳」を参考にしていたようです。レシピは載っていたのでしょうが、この雑誌は広告が入っていません。つまり、ひも付きの暮らしのデザインではないことが特徴です。結局、問われているのはレシピではなく調理能力、暮らしのデザインを自らが行うことです。だから、かつてがそうだったようにノーレシピに戻り、食材を前にして、「どのような料理をつくることができるのか」が問い直されているのです。