第92回 「竹井塾」を振り返って⑥

内田 正幸(食品ジャーナリスト)

「よい食事」と「美しい食べ方」(前編)

「竹井塾」第91回で、「栄養素主義」の行き着く先の現象として、子ども用サプリメント(健康補助食品)市場が成長していることを挙げ、以下のように紹介した。

2009年に国立健康・栄養研究所が幼稚園・保育所に通う幼児の保護者を対象に実施した調査 (回答者数1,533名) によると、幼児の15%がサプリメントを利用しているという結果だった。

子ども用サプリメントは近年、成長市場(市場規模は推定95億円・2017年-グローバルニュートリショングループによる)と言われている。錠剤やカプセル、グミ、粉末などさまざまな形状があり、目的は「身長を伸ばす」「頭がよくなる」「強い体づくり」「栄養バランスを整える」などさまざま。なかには「集中力を高める」という商品まである

しかし、食事の場が様々な要素で成り立つことを捨象し、栄養補給を最優先する姿は本末転倒というものだろう。しかも、子ども用サプリメントについては有害性すら指摘されているのである。厚生労働省が米国の国立補完統合衛生センターのファクトシートを参考に、次のように注意喚起を促している。

サプリメントや薬草療法など補完療法の多くは子供での安全性や有効性について検証されていないことを親は知っておくべきです。子供の代謝、免疫系、消化器系や中枢神経系はまだ成熟過程にあるため、副作用は成人で起こるものとは異なる可能性があります。特にこれは乳幼児で言えることです

日本でサプリメントが広まったのは1990年代に入ってからだが、“○○が健康に良い”とテレビなどで紹介された食品が、スーパーの店頭から消える「フードファディズム」が広がり始めたのもこの頃だった。二つに共通するのは“栄養素信仰”だ。そのポイントは栄養素を考えて「何を食べるか」にある。もちろん、食事と栄養は切り離せないが、常に栄養素を考えて献立を考える人がどれほどいるだろうか。また前述したように、食事は単に栄養を補うためだけではなく、コミュニケーションをはかり、食の背景や食文化を学ぶ格好の場にもなり得るのである。サプリメントにその役割を担わせるのは少し無理がある。

栄養素信仰は栄養士をも虜にしている。『粗食のすすめ』などの著書がある管理栄養士の幕内秀夫さんは、近著『日本人のための病気にならない食べ方』のなかで、実話として病院の入院食に“カロリーメイトの卵とじ”が出されたことを紹介している。話には落ちがあり、その献立を問い質された栄養士は「大丈夫です、ちゃんと栄養素のバランスは考えてありますから」と答えたという。この本には続いて“学校給食が暴走してしまう背景”の項目があり、とんでもないメニューが紹介されているが、それは省略する。

ただ、これを笑ってはいられない。栄養素信仰は家庭の食卓に入り込み、「何を食べるか」に関心が向けられているからだ。そこでは栄養素がなにより大切であり、それを起点に、ちゃんと栄養素の補給ができるメニューが「正しい食事」となってくるのである。これが続くと、そのうち献立という人の温もりを感じさせる言葉は死語となり、AIが管理する栄養成分表示付きのメニューが登場すること確実だ。

これらについて、栄養士の経験が長い八木眞澄さん(NPO法人日本フィリピンボランティア協会・顧問)は「竹井塾」第80回で「何を食べるか」に注力してきた過去を自戒しつつこう話している。

私は栄養士としての長い経験の中で、途中から「人間はどう食べているか」に関心が向かいました。他の多くの動物と違い、人間は一人一人が弱いので群れをつくらなければならない宿命を負っています。だから食べ物を分け合わなければなりません。で、分け合う人たちは仲間となるのです。それに気づくと冠婚葬祭に食べ物が付き物なのはそのためであることが分かり、と同時に、それは相手のことを思いながら分け合うという、道徳の根なのではないかとも考えるようになりました

これが「よい食事」なのである。