第94回 「竹井塾」を振り返って⑧

内田 正幸(食品ジャーナリスト)

「よい食事」と「美しい食べ方」(完結編)

「竹井塾」第93回では食事作法を取り上げた。曰く「自分勝手な食事作法をすれば、他人に不快感を与えたりすることもある。『美しい食べ方』にこだわることは、食べ物に対する感謝の気持ちを、そこに表現できるはずだ」と。
また、箸文化を独自に発展させた日本と対比して、「箸と碗を使う料理は中国や韓国など他にもあるが、韓国では碗などの食器を手に持って食べる習慣がない。ご飯や汁物を盛る食器は食膳に置いたままにし、手に取ってはならないのが作法であり、箸でご飯を食べない」と紹介した。

日本ではご飯を食べる際はお椀やお茶碗を手に持つことは当たり前。しかし、これは少数派で、お味噌汁を飲むときのようにお椀に口をつける行為も海外ではNGとなる。スープなどの汁物を飲む際は、食器をテーブルから動かさずスプーンで音を立てずに口に運ぶことが海外では一般的だ。

国や人種、時代、宗教の違いもあって食事作法は様々だが、グローバル化が進んでいるいま、食文化は相対的なものであることを認め、相手を尊重できる人でなくてはならない。それを考えるうえで示唆的なのが、イギリスのヴィクトリア女王の有名なエピソードとして伝えられている「フィンガーボウル」だ。

ヴィクトリア女王がペルシア国王を招いたパーティーで、フィンガーボウルの使い方を知らなかったペルシア国王が中の水を飲んでしまった。すると彼女は、来客に恥をかかせないために、それが指を洗う物であることを知りながらも、中の水を飲んだ―というストーリー展開になっている。女王の行為について「やんわりとマナーを教えるなどの選択肢もあったはず」と指摘されることもあるが、彼女のとった行為によってその場の空気も和み、気持ちよい食事の場を終えることできたという結末から、似たようなエピソードが日本の道徳教育に登場している。

また、「フィンガーボウル」のエピソードで興味深いのは主客が違うケースが数多あることだ。ヴィクトリア女王がエリザベス女王やサッチャー首相だったり、日本人の荒木陸軍大将となっているケースもある。客人も一般庶民や中国の指導者などいくつものバリエーションがあるようだ。主客が誰であれ、食事作法やマナーが意味するところは、相手や人々に不快感を与えないこと、突き詰めれば相手や人々を尊重し、快感を与えることだと思えるからだ。とするならば、ヴィクトリア女王の行為は、よりよい雰囲気を作り出すための適切な対応として理にかなっていると言える。

食事作法やマナーは結局、人と人が気持ちよい関係を築くためにある。
それを考えると、食べ方だけではなく食べ物の違いについても、相手が食べる物を尊重できる人こそが真の国際人だと言えるのではないだろうか。そのためにも、子どもたちには箸文化を含めた日本の食文化に小さな頃から馴染んでいくことで、「よい食事・美しい食べ方」を身に付けてもらいたい。