第88回 「竹井塾」を振り返って②

内田 正幸(食品ジャーナリスト)

「地産地消」「スローフード」そして「身土不二」

「竹井塾」第17回で、八洲学園大学の渡邊達生教授は学校給食と「地産地消」について次のように述べている。この発言は、学校給食における「地産地消」が自給率向上などにとどまらず、子どもの心を育むことにもつながることを強く示唆している。

食育で、給食の野菜が地域産であることを子どもに知らせているという事例を、テレビのドキュメンタリー番組で見たことがあります。配膳された給食を前にして、そのニンジンは、だれだれさん方でつくってくれたもの。このダイコンはだれだれさん方でつくってくれたもの、というように説明していました。いい光景だと思いました。野菜はスーパーから運ばれてくるという常識から一歩進んで、産地を知ることができています。(中略)そのことがきっかけとなって、スーパーへ親の買い物について行ったとき、野菜コーナーで地域産のものを見つけ、親子の会話が生まれることもあるでしょう。そのとき、子どもの関心は親を動かし、家庭にも地域産を大切にする雰囲気が生まれるのではないでしょうか。いいことです(後略)

学校給食における地産地消の導入は「食育基本法」制定(2005年)以前から取り組まれていた。同法の施行によって学校給食の関連法に「地場産物の活用」という文言が盛り込まれたことで、「地理的条件が不利」と言われていた都市部でも実践例がみられるようになってきた。そのメリットとして挙げられているのは、地域住民や保護者の目もあるため、生産者は生産物に対して安全・品質をより意識するようになること。また、生産者の顔を知ることで、住民の地域への関心が高まるだけではなく、生産者側は一般向けに出荷できない規格外品も提供できるようになり、食材の有効活用の場が増える―などだ。

「地産地消」は1980年代に言われ始めた言葉で、食料自給率の向上や地元産品の消費拡大、さらには、伝統的な食材や料理を見直すことで健康面を含めた生活改善の意味も込められている。「自分の住んでいる地域で作った農畜水産物や伝統食を食べる」と同時に、「旬のものを工夫して食べる」ことなどが指標だ。この考え方は、イタリアの田舎町から世界に広がった「スローフード」運動とも通底している。この運動は1986年、ローマ中心部にマクドナルドが出店することに対して起きた反対運動を原点としている。安い輸入品やグローバル企業に「食」を委ねず、地元の農家から食材を直接買うことなどで地域経済を守る活動を続ける。それが伝統の文化や暮らし方を守ることにもつながるとする考え方だ。

日本には「身土不二しんどふじ」という言葉がある。明治時代、石塚左玄が提唱した「食養道運動」のスローガンとして用いられた。「人と土(環境)は一体で、人のいのちと健康は食べもので支えられ、食べものは土(環境)が育てている」という意味。さらに、「人間は先祖代々暮らしてきた土地とは切っても切れない関係にあり、生まれ育った土地に実った食物を食べる事で健康を保つことが出来る」と解釈されている。「地産地消」や「スローフード」運動との近似性に気付くと同時に、いずれの言葉も地域や時代を超え、食環境の改革のための共通スローガンになり得ることが興味深い。実際、1980年代以降にこうした動きは世界的な潮流にもなっている。スローフード運動は世界150か国あまりに支部を持ち、身土不二はお隣の韓国でも浸透しているという。

冒頭で紹介した渡邉教授は、「野菜はスーパーから運ばれてくるという常識から一歩進んで、産地を知ることができています」の後にこう続けている。

しかも、その産地は校区内にあるのです。それまで、通学途中に見かけていた何気ない野菜畑が、自分の命を支えるものとなっていることに気づいたのです。きっと、以後の通学途中で、それらの畑を見るたびに、そこで育っている野菜の価値を思い起こすことでしょう

太陽の光を浴び、葉を広げ、実をつけ、たくましく育っていく作物。土にどっしり張った根が、土中の水分と栄養素を吸収して成長を支えている。そのありようを目の当たりにすれば、それを食べる人間は、土を食べて生きているのに等しいことに気づかされる。多感な子どもならなおさらだろう。命を育む食の基本は「身土不二」なのである。