第82回 記憶に残る食【総括】

竹井塾塾長 竹井 秀文

第79~81回の『竹井塾』は、「記憶に残る食」と題して、以前お話を伺った八洲学園大学の渡邊教授と、前回に引き続き、長年栄養士としてご活躍された八木眞澄さんに、「食の記憶から未来に向けて」ということで議論に熱が入りました。

第79回の『竹井塾』では、ずっと心の奥にひっかかりを感じていた「心を満たす食」があるのかどうかの疑問でした。渡邉教授が故郷での食について、飾らない自分を出すことができ、寂しいときにその食べ物を出されたら、力が湧いてくるという言葉に、自分には「心を満たす食」がいくつも浮かんできました。そして八木さんの、「親が用意してくれた食は、心の安らぎを引きずること」という表現を聞いて、子どもの頃の食は、心が満たされた食事だったと改めて感じることができました。子ども達に「食」をどのように伝えていくのかを含め、お二方の言葉にホッとした自分がいました。

第80回の『竹井塾』では、「食の原風景」をもつことの大切さを教わりました。食べ方でもよく、食材へのこだわりでもよく、家族で「あの時」を思い出せることは、これからの人生にとって大事な記憶になっていくことと同時に、祖父・祖母を含めた先祖からのタテの意識を感じることができるのも「食」だということに気が付きました。また故郷の博多に帰り友人達と食事をすると、必ず一品は博多の味を注文し食べさせようとしてくれますが、あれは故郷の味を忘れるなよ、というメッセージだと感じています。また八木さんの「分かち合いの気持ちは、食そのものであって自然に学べる場」というのを聞いて、友人達の行動もそれに当てはまる気がします。

第81回の『竹井塾』では、第80回に引き続き、分かち合うことを論ずることで、食が見えてきました。もっと簡潔な表現でいえば、食事の「取り分け」だと思っています。「取り分け」をするのが良いとか悪いとかではなく、そこに同席している人達と分かち合うことで、自然と仲良くなれる気がします。

フィリピンには、大皿料理から自分の皿に取り分け、最後に少し残し、他の人に対して「どうぞ」という配慮をする文化があると聞きました。また友人がフィリピンを訪問したときに、コロッケを1人に1個ずつではなく、わざわざナイフで切って少しずつみんなで食べたところ、大変好評だったということです。言葉が通じなくなくても、同じものを「取り分ける」ことで、きっと仲良くなれたのであろうと思いました。

八木さんが「子どもと一緒に食事をしてください」と長年伝え続けてきたことに共感すると共に、分かち合うことを意識すれば、それぞれの生命体がどのように生き、またそれが我々の命を維持するために必要不可欠なことなども、子ども達に伝えることができます。

これからの子ども達の未来をどのように創造していくのか、それは我々が「食の学び場」を多く作っていくことで開けるものだと確信しました。そのために我々は、今後4つのテーマを掲げて議論を深めることとします。

【博多弁の総括】

竹井 秀文

天ぷらにソース。なつかしか~。
故郷には、心安らぐ、食の環境があるけん。
それが、自分の生き方につながっとうとよ。

竹井塾 塾長 竹井 秀文