第91回 「竹井塾」を振り返って⑤
内田 正幸(食品ジャーナリスト)
「和食」から「『和食観』を活かす」へ(完結編)
「竹井塾」はこれまで、和食が理想的な栄養バランスであることを紹介してきた。
「竹井塾」第60回で長光寺住職の柿沼忍昭さんはこう話している。
1977年に出された「マクガバン・レポート」ですね。当時、アメリカでは心臓病の死亡率が一位で、がんは二位でした。心臓病だけでもアメリカの経済はパンクしかねないと言われるほど医療費が増大していて、そんな財政的危機を何とか打開しようということで医療改革が進められました。
その一環として上院に「国民栄養問題アメリカ上院特別委員会」を設置され、「食事(栄養)と健康・慢性疾患の関係」についての世界的規模の調査・研究が行なわれました。その研究成果のレポートが「マクガバン・レポート」です。そこには、「(アメリカ人の)もろもろの慢性病は、肉食中心の食生活がもたらした『食原病』であり、薬では治らない」と述べられています。そして、それを治すには食事を改善する必要があるとして、高カロリー、高脂肪の肉や乳製品、卵といった動物性食品を減らし、できるだけ精製しない穀物や野菜、果物を多く摂ることが推奨されています
「マクガバン・レポート」が理想的なエネルギー摂取として挙げたのが以下だ。
- タンパク質 15~20%
- 脂質 20~25%
- 炭水化物 60~65%
当時、肥満大国といわれたアメリカでは、カロリー摂取比率の40%を脂質食が占めていたが、その頃の日本人の食事によるエネルギー摂取バランスが、「マクガバン・レポート」とよく似た状態だった。ご飯が主食という和食の形を残しながら、高度経済成長期を経て脂質・タンパク質を含む食品が副食として充実してきたからだ。それが徐々にアメリカなどに知られるようになり、1980年頃から和食ブームが始まったのである。
ところが、ご本家ニッポンの食の在り様は前2回で紹介した通り。主食のご飯と汁・菜・漬け物の副食という形の日常食が疎かになり、その傾向に拍車がかかっている。その一方で進行しているのが栄養素主義で、象徴は子ども用サプリだ。
朝日新聞(2003年1月18日)は小学6年生A君の食事について、夕食は具だくさんの鍋にサプリメントが26粒。離乳食から毎日サプリでおやつはプロテインを溶かしたビタミンジュース。食費の半分はサプリメント代…と紹介し、世間の耳目を集めた。また、2009年に国立健康・栄養研究所が幼稚園・保育所に通う幼児の保護者を対象に実施した調査 (回答者数1,533名) によると、幼児の15%がサプリメントを利用しているという結果だった。
子ども用サプリメントは近年、成長市場(市場規模は推定95億円・2017年-グローバルニュートリショングループによる)と言われている。錠剤やカプセル、グミ、粉末などさまざまな形状があり、目的は「身長を伸ばす」「頭がよくなる」「強い体づくり」「栄養バランスを整える」などさまざま。なかには「集中力を高める」という商品まである。栄養素主義のたどり着いた先ともいうべき子ども用サプリ。和食文化への捉え直しは“道なお険し”という様相である。
ところで、「和食;日本人の伝統的な食文化」を無形文化遺産として提案した際、ユネスコに提示した主な保護措置は、「学校給食や地域の行事での郷土料理の提供、親子教室などの各種食育活動の実践、郷土料理や食文化に関するシンポジウムの開催」など。他方、2015年には学識者や大手食品メーカーらが(一社)和食文化国民会議を設立している。その甲斐あってか、学校給食で郷土料理や和食がメニューに取り入れられる機会が増えてきている。ただ、子どもたちには必ずしも歓迎されていないようだ。「竹井塾」第85回で竹井塾長は次のように話している。
たとえば学校給食で和食が出ます。献立はごはんに旬の野菜の味噌汁、それに焼き魚や煮魚などですが、「わっ、和食じゃん」と言ってがっかりする子どもがいます。それだけ和食は縁遠いものになっているのです。家の食卓には並ばないからなのでしょうね
その家庭で進行しているのが、上記のような栄養素主義(信仰)とフードファディズムに翻弄される姿だ。
次回からは栄養素主義=「正しい食事」と「よい食事」の違いについて考える。